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Misson for Life Island clinic minimally invasive surgery center. since 2003 
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The Daybreak of Bariatric Surgery@19th JSES_Kyoto

バリアトリックの夜明け
2006年12月5日より3日間、古都、京都において第19回日本内視鏡外科学会が開催された。19回目を迎えたこの学会において今回は歴史的に記念すべき会であったと思っている。なぜなら、日本で初めて肥満に対する内視鏡外科手術についての公式な会議の場が設けられたからだ。肥満症が対岸の火事ではなく我が国においても素通りすることができない重要な問題であるということをJSESの理事が認識されたことは素晴らしいことだと思う。12月5日には肥満の外科手術に関連する一般演題が5題発表され素晴らしい研究に触れることがきた。また12月6日には特別企画”肥満に対する内視鏡外科の現状と将来展望”というテーマを8名の演者による発表と熱いディスカッションが行われた。また同日ランチョンセミナーにおいてあのDr.Michel Gagnerの貴重は講演を聴くことができとても有益であった。順風満帆での出航とは言えなかったかもしれないが大きな一歩であったことは間違いない。
sun rise momiji statement
Michel climbing mountain oeration
日本における減量手術・肥満手術
感染症との戦い、悪性腫瘍との戦い、循環器系疾患(高血圧、心臓病、など)との戦い、代謝疾患(糖尿病など)との戦いと人類はあらゆる英知とたゆまない努力によって変幻自在に攻撃してくる病気という敵との終わりのない戦いを続けている。そして、今人類はこれまで経験したことのない強敵との戦いを強いられている。それが、『肥満』である。・・・えっ?肥満って病気なの?それは、一般の人々だけでなく医師をはじめとする医療に携わる人々においてでさえそう認識していることが多いと思う。『摂取カロリーを押さえて適度な運動をしたらいいのさっ』なあんて、これは個人の問題であり医療と呼べるものではないよ。という感じで・・・肥満が人類を脅かしている、治療が容易でない恐ろしい”悪性”疾患という認識がないのが普通だろう。しかし、WHO(世界保健機関)は15年以上も前に、『肥満は人類がこれまで対処したことのない治療が容易でない疾患』と宣言しているし、同じ頃NIH(米個国立衛生局)も病的肥満の治療として手術以外に有用なものはないと公式に宣言している。実際、欧米諸国、特にアメリカ合衆国においては、病的肥満が指数関数的な増加を示し大きな社会問題になっている。それと平行し病的肥満に対して、ある意味非常識ともいえる治療法『胃バイパス術』が年間10数万件も行われている現状がある。なぜ、食べないで運動したらいいのに、莫大な費用をかけて、痛い思いして、命がけでオペを受ける人がこんなにもいるのか・・答えはいうまでもない、簡単には治癒できない手強い敵からだ。今回この肥満症に対する外科治療について公式の学会レベルで初めてメスが入れられることになった。
 国立京都国際会館、第19回の日本内視鏡外科学会総会はここで開催された。 12月5日から7日までの3日間、1年に一回だけ開催される内視鏡外科医にとっては重要な学術集会である。多くの分野で多くの問題に対して貴重な演題が発表され議論された。興味深い話題は数多くあったが今回はそのうち肥満に対する外科手術、つまりバリアトリック・サージャリーにフォーカスを当てたい。バリアトリックってあまり聞き慣れない言葉であるかもしれない。英語で体重治療のという意味である。語源はギリシャ語らしくBarosが体重治療の、iatrikeが治療という意味らしくこれを組み合わせて英語風にしたのがbariatricということになる。だから体重をコントロールする手術のことをBariatiric Sugery(バリアトリック・サージャリー)と呼んでいる。また、別名Weight Loss Surgery ともいうが、こちらのほうがストレートでわかりやすいかもしれない。
12月5日13時から運命の会議は始まった。第4会場で始まった一般演題は5題、座長は大分大学 第一外科 太田正之先生であった。まずはじめに獨協大学の多賀谷信美先生によるご発表だった。病的肥満に対する懸念材料の一つとして、手術時に切り離された遠位側の胃に対し胃カメラなどの検査が困難になる可能性があるということがいわれている。胃癌の発生頻度が高い日本において残胃の検査をどうするのか?、この問題はバイパス手術をする場合に避けて通れない命題である。この命題に対する回答の一つとしてダブルバルーン内視鏡という方法で残胃を観察できたとの貴重な発表であった。第2席は小生(稲嶺)の発表であった。過去2年間で施行した腹腔鏡下ルーワイ胃バイパス術8例の成績を公表した。体重減少の効果、実際起こった合併症、そして患者さんの満足度、そして残胃へのアプローチとしてダブルバルーン内視鏡が有用であったことなど。第3席は滋賀医科大学 山本寛先生のご発表で最近話題になっているメタボリックシンドロームに対して外科治療の可能性はどうかということを日常行われている胃切除術後のデータの解析から鋭く切り込んだ内容であった。第4席は京都大学の井上立崇先生のご発表であった。ラットでの動物実験でルーワイ胃バイパス術と残胃の癌の発生というテーマを中心にかなりアカデミックに深く切り込んだ研究内容であり感銘を受けた。結果は胃バイパスを受けたラットは遠位の残胃の胃癌の発生率や潰瘍の発生率は優位に低いということであり、臨床の現場においてバイパス術後の胃癌の報告がかなり少ないということの一つの裏付けとなる研究であった。最後は大分大学の甲斐成一郎先生のご発表で胃内バルーンの治療に抵抗性の病的肥満患者に対し腹腔鏡下襟状胃切除術を行って良好な成績であったとの報告であった。肥満関連でまとまった発表は僕の記憶が確かなら今回が初めてではないかと思っている。
12月6日午前8時30分からは『肥満に対する内視鏡外科の現状と将来展望』という特別企画が始まった。コーネル大学のDr.Michel Gagner(ミッシェル ギャニー)による減量手術における近年の進歩についての世界の第一人者からの講演のあと、日本で長年肥満の外科手術と正面からただひとりで戦ってこられた 下都賀総合病院 川村功先生が『肥満外科のあゆみ』というタイトルでこれまでの肥満外科の歴史について詳しく教授していただいた。引き続き大分大学第一外科 教授 北野正剛先生による『肥満症に対する新たな低侵襲外科療法のわが国への導入』ということで胃内バルーン留置術と腹腔鏡下調節性胃バンディング術の本邦への導入の経緯についてのお話があった。北野教授はいうまでもないが胃癌に対する腹腔鏡下胃切除術を開発、世界で初めて行ったというパイオニアであり世界的にも大きな業績があり、今回もわが国に低侵襲治療である腹腔鏡下バンディング等を導入したパイオニアである。次に京都大学大学院内分泌代謝内科 教授 中尾一和 先生から肥満治療ガイドライン2006と内視鏡外科肥満治療法の適応指針についての解説があった。このガイドラインは『神戸宣言』とも呼ばれ関連する3つの学会が合同で作成したものであり、日本における肥満症に対する内視鏡外科治療のガイドラインを示していただいた。その中で、驚くべき内容があった。日本での肥満症治療の手段として『腹腔鏡下胃バイパス術は新たな導入は控える』というものであった。その理由は、縫合不全のリスクがあること、遠位の残胃の検索が容易でないので胃癌を発見できない可能性があるという理由であった。つまり学会としてはこれから新たに腹腔鏡下胃バイパス術を導入することは公式には認可できないとのことであった。次に近畿大学の上田和毅先生による『米国における肥満手術の現状』についてのご発表があった。米国への留学経験をもとにして日本に減量手術を導入したときの問題点についての内容であった。岩手医科大学の佐々木章教授からのご発表は同大学での肥満症に対する外科治療の準備を慎重に進めているという内容であり倫理委員会その他の関連で、現段階ではまだ手術は行っていないが必要であればいつでもできる体制であるとのことであった。そして、四谷メディカルキューブ 笠間和典 先生による『重症肥満に対する腹腔鏡下手術』というタイトルでこれまで施行した100例もの腹腔鏡下手術(バイパス、バンディング、スリーブ)の成績を示していただいた。最後は大分大学第一外科 太田正之 先生による『肥満症に対する内視鏡的胃内バルーン留置術および腹腔鏡下調節性胃バンディング術の検討』という演題でこの特別企画はしめられた。我が国にこの2つの内視鏡的低侵襲治療を導入してこれまでの成績を示していただいた。
この中で笠間和典先生の発表について僕の勝手な見解を・・。これまでひとりで日本における病的肥満に対する腹腔鏡手術を切り開き、安全で効果的な素晴らしい成績を示していただいたが、残念ながら賞賛されるどころか、大分大学の北野教授や日本内視鏡外科学会理事長である慶応大学の北島教授はこの発表について不快感を隠さなかった。(これは僕の憶測であるが)やはりひとりの外科医としては笠間先生の仕事に対して部分的に認めていると思うが、もう少し上の次元でこの事象をとらえた場合、学会における立場上高次の視点からはこれを公式に認める訳にはいかなかったのだろうと思う。どういうことか?1990 年代に腹腔鏡下胆嚢摘出術が登場したときに、何の準備もないままこのオペが急速に全国に広まってしまった。その結果的技術的に未熟なオペにより開腹術に比較して高い確率で胆管損傷やその他の偶発症が起こり不幸な患者さんを多数発生させてしまった。そればかりか、開腹ではあり得ない気腹に関連した肺塞栓による死亡例、トロッカーによる大動脈穿刺・・・これらは内視鏡外科医がこれからもずっと背負わなければならない十字架である。その後、ラパコロンやLADGなどのadvanced laparoscopic surgeryの合い言葉は『ラパコレの過ちを繰り返すな』であったはずだ。イケイケではだめなのである。内視鏡外科手術は軽い生半可な気持ちでやってはいけないのである。あの宇山先生でさえあの美しすぎる胃癌のリンパ節郭清を画像として世間に公表したとき、ある重鎮から、あのオ○ム教の教祖麻○呼ばわりされたと聞いたことがある。未熟でモチベーションの低い外科医が真似をしようとすると大きな火傷をしてしまうことを懸念した言葉だと理解している。今回のこととそれは僕にはカブってみえる。笠間先生の知識や技術は素晴らしい。しかし、それを誰もができると勘違いして暴走してしまっては困る。そういう親心だととらえている。上の写真にもあるように”新たな導入は当面控える・・”と表現されている。
上の6枚の写真の下段の中央はMichel Gagnerがランチョンセミナーで出していたスライドの一枚である。『腹腔鏡下減量手術は高い山に登るようなもの・・』と言っている。いろいろな意味でこのオペは辛い。長い長い上り坂だ。誰でも登ることができる山ではない。強い信念(ハイコンセプト)と知識と技術を持ったものだけが登頂を許可される。あのイギリスの登山家George Malloryが1923年ニューヨークタイムズのインタビューで『なぜエベレストに登るのか』という質問に”Because it is there”(そこに山があるから) と言った言葉はあまりにも有名だ。Bariatric Sugeryも同様である。そこに、手術でしか救えない病的肥満の患者さんがいる以上誰かが登らなければならない。台湾や中国、韓国、その他のアジア各国においてもこれらのオペは始まっている。LRYGBやPDB/DSの技術は一朝一夕で身に付くものではない。これらの難易度の高いオペが日本で受けられない状況になると日本の病的肥満の患者さんは外国にオペを受けにいくことになるのだろうか?肝移植を求めてフィリピンや中国に日本人が渡航している杞憂すべき現実、同様のことが病的肥満の場合にはあってはならないと願うばかりだ。(2006年12月)

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