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Misson for Life Island clinic minimally invasive surgery center. since 2003 
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Okabe Kyoto

Make it EG to EASY in LPG

"CHEMICAL REACTION between Suturing and Stapling .

2010年12月、京都市の京都大学附属病院を初めて訪ねた。京都大学消化管外科准教授・岡部 寛先生が開発したという新しい腹腔鏡下手術を勉強させてもらうためである。開腹手術においてでさえ様々な問題を抱える「噴門側胃切除術(噴切)」であるが、その新しい方法は患者さんにとって福音かもしれない・・「腹腔鏡下噴門側胃切除術(ふくくうきょうかふんもんそくいせつじょじゅつ」はそれ以前にもいろいろな方法が報告されていたが、初めてそれを耳にしたとき岡部先生の方法はこれまでのものとは一線を画すと僕は直感した。その新しい手術とはいったい何なのか、何をめざしているのか、そしてどのようにして技術的ハードルを乗り越えたのか、患者さんにとってどのようなメリットがあるのか・・その真実に迫りたい。

Hand sewn EGHand-sewn EG Okabe.et al胃がんの多い日本において、多くの先達がこの疾患を克服すべく努力を重ね胃がん手術は発展してきたし今でもその歩みは止まっていない。1990年前後、胆嚢摘出術を初めとした腹腔鏡下手術が本邦に導入されると内視鏡手術は瞬く間に全国へ普及した。そして自然の流れで初期の胃がんにも腹腔鏡手術が開始されるようになった。大分大学のKitanoらが世界で初めて腹腔鏡補助下幽門側(LADG)を報告してからその分野の発展はめざましく、それから20年あまりを経た現在では日本の胃がんのおよそ1/4に腹腔鏡手術が行われているといわれている。リンパ節郭清を伴う胃がん手術は、胃の出口(幽門)付近を切除する「幽門側胃切除」、胃をすべて切除する「胃全摘術」、そして胃の上部の入り口(噴門)付近を切除する「噴門側胃切除術」の3つに分けることができる。前2者は必要十分なリンパ節郭清を伴った腹腔鏡手術が可能であるが、「噴門側胃切除」では理論的にリンパ節郭清が不十分になるため、胃がん治療ガイドラインでも初期の癌に適応可能な「縮小手術」として位置づけられている。胃がんは胃の入り口付近から出口付近まであらゆる部位に発生するが、出口付近に発生した場合は、幽門側胃切除で根治手術が可能であるが、問題は”胃の上部”に癌が発生した場合だ。上部に発生した場合は「胃全摘」をするか「噴門側胃切除」をするか意見の分かれるところである。手術を受けられる患者さんからすれば少しでも多くの胃を残すことができれば術後の食生活も全摘に比較していいのでは?という考えが出るのは自然であると思われる。しかし、噴門側胃切除術は2つの大きな問題を抱えている。ひとつは、進行癌においては十分なリンパ節郭清ができないということ、そして、残した胃と食道を吻合(つなぎ合わせること)することは可能だが、術後、胃液が食道に逆流してひどい食道炎に見舞われる可能性が高いということは先達が経験してきたことだ。患者さんのためによかれと思って胃腹腔鏡下食道胃手縫い吻合腹腔鏡下食道胃手縫い吻合を残したことが、かえって患者さんを苦しめることになる可能性が低くないということだ。実際、そんなことなら胃全摘をしたほうが患者さんのためだと考える外科医も多い。胃液の食道への逆流を解決するためにいろいろな方法が開発されてきた。残胃と食道の間に小腸をサンドイッチする方法(空腸間置)、食道と残胃の間に小腸を介在させながら小腸にも胃にも食物を流れるようにする方法(ダブルトラクト)などである。この2つは小腸を介在させることによって”距離をとることで”胃液の食道への逆流を防ぐことをコンセプトとする。しかし、間置小腸が長いほど理論的には逆流は少ない一方、長すぎると様々な弊害をもたらすことも先達は学んだ(詳細は割愛します)。一方、小腸(空腸)を介在させずに直接食道と胃を吻合する方法も行われた。外科的に”逆流防止弁”を作成する方法である。その代表例が「観音開き法」という岡山大学の上川康明先生が開発した方法であり非常にいい臨床成績が岡山大学の西崎正彦先生らによって報告されている(注:西崎先生は腹腔鏡補助下の観音開き法も報告しています。崎の正しい漢字が変換出来ませんでした)。噴門側胃切除を行う場合、術後の食道炎を防止する目的を達成するには「空腸を間置する」か「逆流防止弁を作るか」ということになる。これらの開腹手術での経験を腹腔鏡手術に導入することは可能なのだろうか?空腸を採取する必要がなく、吻合部も1カ所なので操作は単純かと思われるが、実は、逆流防止弁を作成するほうが腹腔鏡手術においてはサンドイッチ法よりも困難性が高い。なぜなら、空腸間置は単純に食道と小腸、小腸と胃を機械的に吻合するだけで済むが、逆流防止弁を作るには針と糸での複雑な縫合操作が必要となる。すなわち、前者では自動縫合器などでオートマチックに可能であるが、後者はいわゆる”マニュアル操作”が必要となる。つまり、腹腔鏡下手術で最も困難性が高いとされている針と糸を用いた腹腔鏡下「手縫い」の技術が求められるということだ。岡部先生の開発した方法は、腹部の切開を極限に小さくし、胃の容量を出来るだけ保存して、胃癌を治癒させ、術後の逆流性食道炎を防止するという腹腔鏡下噴門側胃切除術に求められる用件を高い次元で融合・完成させたもので観音開き法のコンセプトを腹腔鏡下手術で可能にしたものだ。前置きが長くなったが、いったいどういった方法なのだろうか。

岡部先生へ案内されて複雑な階段と廊下をアップダウンしオペ室へ案内された。すでに患者さんには全身麻酔がかかり田中先生らによってオペの大まかな準備は整えられていた。岡部先生他外科スタッフは手洗いをした後ガウ京都大学病院京都大学附属病院ンをまとって手袋を履き外科医に変身した。タイムアウトが行われ静かにオペは始められた。型どおり臍を切開し腹腔鏡用のポートが挿入された。二酸化炭素ガスによる気腹が行われ患者さんの右上腹部、そして左上腹部に処置用のポートが慣れた動作で次々と挿入されていった。今回の患者さんは比較的大きな開腹手術の既往があり腹腔内には広範囲に大網を初めとした腹膜の癒着が認められた。初っ端から厳しい場面に遭遇したが、そこは織り込み済みばかりと岡部先生は大してがっかりした様子もなく淡々と癒着剥離を行った。時にカメラの方向が骨盤方向を向くと左手でカメラを操り、右手の超音波凝固装置で剥離を丁寧に行っていった。幾ばくかの時間を要したものの、何事も無かったかのように手術は目的とする噴門側胃切除術のスタート地点へとたどり着いた。大網を切開して毛嚢へと入り#4d,そして#4sa,#2のリンパ節を郭清しながら食道左へ至った。小網も切開し#3を一部郭清した。内視鏡医に術中胃カメラを施行してもらい腫瘍の正確な位置確認し、胃の切離ラインを決定した。噴門側胃切では大きな残胃、できれば2/3程度が残せることが術後のQOLの維持に重要である。取りすぎず残しすぎず、正確なライン決めが慎重に行われ、紫の色素(ピオクタニン)で切離予定ラインを胃前壁にデザインした。意外だったのは少し斜めに胃を切離することだった。そうすることによって再建後の横隔膜への固定などが自然になるからだという。エンドカッターで胃壁を切離した後は、膵上縁のリンパ節郭清を正確に過不足のないように行っていった。縮小手術であること、術後の障害を最小限にするため少し手間暇はかかるが迷走神経の腹腔枝は正確に温存された。再建の勉強が主な目的であったが丁寧で理にかなったリンパ節郭清は見ていて本当に気持ちがよかった。そうこうしているうちに、食道周囲の剥離・授動も完成し、噴門側胃と所属リンパ節が一塊となって切除された。取り出された標本で病変が正確に切除されていることが確認され再建へ移った。

エンドリニアカッターで岡部寛先生岡部 寛 准教授切離された食道は食道裂孔から少しだけ縦隔内へ引き込まれていた。それを慣れた手つきで腹腔内へ再度呼び戻す。十分な距離が確保出来ることを確認しているようだ。この距離が十分でないと目的とする逆流防止が十分に出来ないという。そして、下2/3の幽門側胃をその食道と重ね合わせ吻合のシミュレーションを行った。上のイラスト(Gastric cancer誌から引用)に示すようなデザインを行った後、残胃前壁に超音波凝固装置を用いて3cmの全層横切開をおいた。そして食道断端のステイプルラインを左側の一部のみステイプラーのフォークが入る分だけ切り落とした。どうせ最後に全部切り取るのだから最初そうしたらどうなんだろうと思ったが実はこれも大事なプロセスだと知ったのは後のことである。その次がこの方法の『ミソ』である。エンドリニアステイプラーを使用するこれまでの方法ではナイフが付いている”普通の”エンドカッターで食道・胃吻合が行われていた。その方法は食道と胃をしっかりつなぎ合わせると同時に食物が通る道を作るものだった。しかし、岡部先生のそれはナイフが走らず食道と胃を固定するためだけに用いたのだ。敢えてナイフが走らないことによってもたらされることに気づいたのである。機械的に食物の通り道を作ると前述の逆流性食道炎はほぼ必発だ。だから、リニアステイプラーの持っている『瞬時に食道と胃を固定する能力』だけに着目し敢えて切るという美味しい能力を捨てたのだ。固定するだけなら敢えて高価なエンドリニアステイプラーを使用しなくて針糸だけでも出来るという意見があるかもしれない。しかし、食道への胃液の逆流を防止するには食道と残胃を長く重ね合わせる必要がある。つまり食道を腹腔内へ引き出す時にかなりの力が必要なのだ。1針1針縫っていると食道と胃の間の緊張に耐えられずにせっかく縫ったところが避けてしまうリスクを負う。そうなれば食道を再度切り足す必要があり状況はさらに悪化し時に修復不能となるかもしれない。針・糸にはないステイプラーの持つ最大の能力に気づきその役割に期待したのである。食道と残胃が約3cmの重なりをもって固定されたところで食道断端のステイプルラインは岡部先生の鋏によって静かに切り落とされていった。最初から切り落とすとステイプラーで固定する操作時に食道を適切に牽引することが困難であったのだ。すべてのことには理由がある・・そう思った。後は『開放された食道断端』と『胃前壁に作られた孔』を吻合することになる。この吻合においても『オービル』などEAES欧州内視鏡外科学会にて(ブリュッセル)の自動吻合器を使用する報告も見受けられるが、岡部先生はその吻合を敢えて技術的困難性の高いとされている『針と糸による腹腔鏡下手縫い』で行った。連続縫合で行われるその縫合操作は流れるようにキレイで感動的だった。Endocutter no knifeというステイプラーで食道と胃がすぐ側に寄せられているので、その隣り合った組織の中を正確に針を通して行くだけなのだ。器械で縫合するよりストレスもなくエラーもほとんどない。そのことは手縫い吻合をやったことがある人にしか分からないと思う。食道・胃吻合が針糸だけによる手縫いで行われた後、胃液の食道への逆流を防止するために胃壁に食道を密着させる縫合をおいた。そして胃の口側断端を横隔膜脚へ縫合することで捻転を防止した。その際、胃の切離ラインを斜めにした理由が初めて理解できた。その方がこの場所に自然に収まるのだった。すべてのことには理由がある・・再度そう思った。

 いつもそうだが、達人の手術を見るのは本当に楽しい。ハリウッド映画を見る以上にインパクトが大きく記憶に残る。外科医としての技術的な勉強にもなるが、それ以上にその外科医の哲学や新しい視点がその手術のプロセスやちょっとした動作から自然に溢れ出してくる。『天才は天才を知る』と言われる。もちろん僕は天才ではないが同じ方向を見て同じ道を歩んでいる者は言葉で無くても通じるところがあると思っている。『内視鏡外科医は内視鏡外科医を知る』とでも言おうか・・。
今回の京都への旅も非常に充実していた。『ステイプラー』という新しいものと『針・糸』という古い物は相対する物ではない。それぞれの特性を正確に理解し組み合わせることでそれぞれの持っているポテンシャルをさらに高めることが出来ることを知った。『ステイプラー』と『針・糸』の2つが『化学反応』を起こし全く別の次元に高められたといってもいいだろう。その化学反応はEG:Esophagogastrostomy(食道胃吻合) をEG(イージー)にしてくれたと同時に患者さんのQOLにも大きな恩恵をもたらすだろう。ESDが発展してきた今日、そのさらなる適応拡大も叫ばれる中、この手術の恩恵を受けることの出来る患者さんはあまり多くないかもしれない。しかし、これまで仕方なく早期癌でも胃全摘が行われていた患者さんにとってはこの新しい手術が眩しい光を放ってくれると信じている。

2010年12月京都大学にて

追記:2012年、岡部寛先生に中頭病院へ来ていただきこの手術を施行していただきました。その患者さんの術後経過は素晴らしいものがありますので次の機会に報告します。

岡部 寛 Hiroshi Okabe M.D.

岡部 寛先生は京都大学医学部附属病院・上部消化管外科の准教授として食道癌・胃癌を中心に内視鏡手術に取り組まれ国内外で広く活躍されています。胃がんの腹腔鏡手術においては質の高いリンパ節郭清を施行しつつ古くから腹部を切開しない完全腹腔鏡手術に取り組まれてきました。研究だけでなく臨床的にも高い技術を持たれておりますが、近年はさらなる高みをめざしdaVinciを初めとしたロボット支援手術も行っております。高次の理想を探求する厳しい仕事をされているとは思えないほどその温厚な人柄は魅力的で僕の理想とする外科医です。

出典: 天才内視鏡外科医の群像 稲嶺進著

Okabe H. and me@Kyoto